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2020年8月

2020年8月28日 (金)

国民主権について

戦後、日本は連合国によるポツダム体制が敷かれ、米国の保護国化した。同時に冷戦がはじまり連合国体制は崩壊した。そのため当初は米国は日本の再軍備を防ぎ弱小国化をねらったのだが、監視しつつ保護し、再軍備させて同盟国として扱うことになる。

日本は外交・防衛という独立国家のもっとも重要な任務をアメリカに任せてしまった。

外交防衛を考えなくてよいとなれば内政だけであるから、経済成長と福祉の充実になるのは当然で、それをむしろ幸運であると考える風潮になった。

そして経済政策は成功し、世界第2のGDPを誇るまでになった。アメリカは当初のねらいからはなれて日本は競争相手として巨大な存在となった。全く別の方向になって、自国はむしろ経済的に苦しむ状況に置かれる。そして東西冷戦は、米ソの代理戦争としてもベトナム戦争でアメリカは敗北を喫し、国家威信も精神も傷ついた。

冷戦中に社会主義の陣営強化のため、支那を社会主義化し、ともに米国と対峙するはずが、支那がソ連の思い通りにならず、独自路線を選ぶ、やがて中ソ対立が激しくなり、アメリカは支那を抱き込み中ソ分離作戦に出るのが米中和解作戦だ。ソ連は歴史的に凍らない港をもつ南方への侵略意図を隠さないし、実際にアフガンへ侵攻した。ここでアメリカは苦汁をなめたベトナム戦争の泥沼と同じような状況を作り出すためにアフガンゲリラを支援した。自由民主主義と資本主義のリーダーとして君臨し、なんでも世界一でないと気が済まないアメリカは、思いもよらない事態に困惑する。それはライバルの社会主義陣営のリーダーソ連も同じで、軍備拡張競争したあげく、疲弊してしまう。

 

その超大国の退潮を尻目に、敗戦国の日本とドイツは世界経済を引っ張る役割を果たすという皮肉。

日本の貿易黒字を減らそうといろいろバッシング策略を適用してみたものの、そのたびに日本経済は強くなっていく。そしてついにソ連が軍拡競争に耐えきれなくなって経済が崩壊し、東西冷戦が終わる。

 

ここでアメリカは日本を防衛する必然性が消滅することになる。東西冷戦はもう無いのだから。手ごわい競争相手なので、保護する必要性はさらさらなかった。

 

日本に対し、普通の独立国として、自立した国家として防衛義務を果たせというようになる。もうアメリカは世界の警察官ではない、というわけだ。

 

外交・防衛という課題・難題をいっさい考慮せずに経済成長だけに邁進してきた日本は、独立国家ということにあらためて思考しなくてはならない事態に立ち入った。

それは実は歓迎すべきことで、いいことなのだ。だが長く「国家」というものに思考停止してきた日本人には、あまりに別の世界のことで困惑するばかり。

 

軍事外交を除くならば国政は内政だけなので、社民党でさえも務まるものだ。国会も些末なことにバカ騒ぎをやっていられる。

平和・人権・反原発・反基地・・・など叫ぶ人たちは、内政からしかものを見ていない。国際政治の現実を見ようとしない。

本来はこういう人たちも国民なのだから主権者なのだが、国家の主権は国民にあると憲法で宣言している以上、主権者として発言していることにはなるが、軍事も外交も無知なのに主権を行使するというのは実に危険なことだ。古代ギリシャの時代から主権者は自らの意志で最前線に出て戦うもののことを言ったものだった。

 

国民主権というのは、軍事外交を王侯貴族でなく国民が考える、ということだから、憲法で宣言するのは天皇主権を否定するために国民主権を持ち出したもので、GHQが指導または監督するという前提があったので内政に関する限り国民主権でもいい、と発布されたものだった。

 

ここで憲法をどうするか、防衛政策はどうするか、外交の基本をどこにおくか、を決めていかなくてはならないだろう。

 

それは戦前回帰だとか、暗黒の天皇制回帰だとか、民主主義の否定だとか、おかしな反応が多いのはポツダム体制に馴染みすぎているせいだ。

ポツダム体制は戦後すぐ壊れ、冷戦も終わり、アメリカの衰退と支那の軍事力増大という事実を突きつけられても、ボーっと生きていられるのは幸せか?

 

 

2020年8月21日 (金)

ペルセウスや国名など

ペルセウス流星群などが季節の話題だが、そういう話ではなく、今回はギリシャ神話にある英雄の名前についてだ。

イージーリスニングの巨匠パーシー・フェイス楽団の指揮者パーシーはPercyであり、その名はかのペルセウスにちなむ。

パーシー・スレッジなんてのもいたな。

妻がアンドロメダ、母がカシオペアなどなじみの名前ばかり。カシオペアの娘だったかがエチオピアの女王か?カとエの違いだけで似てるな。

こうしてギリシャ神話が人の名前ばかりか、土地の名前まで広がる。

こうして考えてみると古代ペルシャ帝国もそうだとわかる。現代のイランが旧敵国の神話にでてくるペルシセウスにちなむ国名など使うわけがないというものだ。アーリア人の国という意味でイランとしたのはわかる気がする。

さらに言えば、エジプトも、歴史家で旅行家のヘロドトスがエジプトに探検に来て、なんだかわけのわからない言葉を話す奴ら、という意味で、Aegiptus=アエギプトゥス→エジプトと名付けたものらしい。

この言い方は、古代ローマにも伝わり、アルプスの北に住む野蛮人を、わけの分からない言葉を話すやつらといういみのTeutesch=テウテスクと名付けた。Tは発音上Dに変化しやすいのでDeutesch=ドイッチェ→ドイツとなる。だからドイツは国名をGermanのままだ。ドイツとは言いたくないのが道理だ。

テウテスクの「スク」は「ツク」に変わったとみれば、シベリアなどイルクーツクや〇〇ツク、××スクもその流れではないか?ノボシビルスクなど結構多いだろう。ロシア語はキリル文字としてヴィザンチン(ギリシャ)から文字を受け継いでいるし。

ギリシャ語は長くヨーロッパの文明を代表する言語で、その後ローマのラテン語に代わっても、ラテン語はキリスト教の聖書であって、科学技術用語はギリシャ語が多い。なお聖書も初めはギリシャ語だった。なにしろキリスト(ハリストス)そのものがギリシャ語である。パレスチナあたりは、ヘレニズム国家群でアレキサンダー遠征以来、ギリシャ語だったから。

例えば、ポリネシアは「多い」という意味の「ポリ」に「島」を意味する「ネシア」がくっついたものだ。多島海という意味だろう。なるほどね。インドネシアというのもギリシャ語由来だとわかる。

メラネシアは海=メラとネシアだ。

というわけでイランがペルシャと呼ばれたくないわけを示した。古代にギリシャと覇を競ったペルシャ帝国は当時のその時代は何という国名だったのだろうか?メソポタミアのバビロニアなどは隣国ペルシャをどのように呼んだのだろうか?

 

 

 

 

 

 

2020年8月 2日 (日)

コロナ感染者激増について考える

コロナ問題は私としては実は終わっています。もはや日本人は集団免疫を獲得しました。これは京都大学の上久保教授らの説が最も現状を説明していると思うからです。

理由はウイルスの変異と対処の遅れが逆に幸いしたことでウィルス干渉が起きて1回目のウイルス(S型)を相殺してしまいました

2回目は支那から何十万人と武漢から外に出てK型ウィルスをまき散らします。このK型がS型を駆逐したのです。
ヨーロッパもアメリカも早くに国境を閉じたので、K型が入りませんでした。日本は習近平国賓をどうするか?オリンピックをどうするか逡巡している間にK型ウイルスがどっと入りました。この日本のグズグズした態度が幸いしたのです。欧米は素早く国を閉じたせいで逆にひどいことになりました。いまはG型になりこれもウィルス干渉を起こしてK型をも駆逐しています。

現在昨年までのインフルエンザ患者は激減しています。それはコロナウィルスが干渉してインフルエンザウィルスを駆逐したからです。
では、感染者の激増はなぜかというと、PCR検査を10倍ぐらいに増やしているからです。3月4月は発症を疑われる人を対象に検査してました。今は手当たり次第に検査してます、つまり母集団の性質が違うのです。ですから重傷者も死亡者も増えず減ったままです。
マスゴミは感染者の増加しか話題にしてません。まったく意味がないにもかかわらず、です。
現在PCR検査で陽性とされている事例の大半はウィルスの死骸を検出しているものです。

 

概略こういう説でした。

すると第二波はないということになります。今の感染者激増は、PCR検査数の大幅増に伴う陽性者の増加に過ぎないことと、陽性者は感染者ではないということで、マスゴミの不安を煽る報道こそが異常なのです。

むかしガンが増えているというニュースがありましたが、実はMRI(初期では4億円ほど)と言う機器の価格が、新発明の磁石(ネオジウム)の導入で劇的に下がり(1億円以下)、大学病院にしか設置できなかったのが、普通の病院にも導入できるようになり、ガンの発見が多くなったのでした。このように本質は変わらないのに変化したように見えるのは錯覚というものです。

マスゴミはこの庶民の錯覚を利用して不安を掻き立て、視聴率や新聞発行部数を競っているものです。

まったくあほらしいですね。政府はこのことを知っています。本質は「問題ない」ですから、感染拡大防止は別の目的でやっているということになります。

 

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