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2019年3月25日 (月)

2.第二次大戦のイギリス

で、第一次大戦後のイギリスは戦争には勝ったものの、国力はかなり疲弊したのです。それはアメリカの台頭だけでなく日本の台頭も関係している。日本は東アジアだけでなく、南太平洋までも含む広大な領域を擁する国家となっていた。これがやがてアメリカの覇権を衝突することは明らかで、日米が開戦となれば、日英同盟ではイギリスはアメリカと戦わなくてはならない。特にアメリカと国境を接する大英帝国内のカナダはアメリカと戦争なんて考えるだけでも嫌なことだった。オーストラリアも近海で日本海軍と衝突するのが嫌だった。
そこで、カナダも豪州も日英同盟の破棄を本国のイギリスにルよく働きかけることになる。アメリカも日英同盟が邪魔だった。紆余曲折の後、日英同盟は多国間条約の9か国条約に形を変えたが、要は日英同盟が消滅したということだった。
第一次大戦に疲れ果てたイギリス国民の間には、二度とこういう戦争をしたくないという厭戦気分が強かった。
ヒトラードイツがチェコ侵入したときも、ミュンヘン会談でヒトラーに宥和的な対応をしたのは、英仏国民の厭戦的なその気分のせいだった。それをヒトラーは見抜いていた。そしてポーランドへ侵攻する。ポーランドと防衛条約を結んでいたので、参戦の有無どころではなく対独参戦となり第二次大戦が勃発するというわけだ。しかしそれでもイギリス議会はまだ宥和策を模索しており、ひとりチャーチルが「断固戦う!」と叫び続け、戦争を指導した。
ところがドイツが降伏したとたん、総選挙でチャーチルは負け、対日戦を議論するポツダム会議を途中退席した。蒋介石は会議に呼ばれもしなかったし、スターリンも対日参戦準備に忙しくそそくさと帰っていった。トルーマン大統領一人が連合国としての宣言にサインしている、という異例なものだった。
二度の大戦に勝利したイギリスはもはや7つの海を支配した大英帝国の威光はなかった。フランスにいたってはさらに悲惨だった。ドゴールが一人で戦う意志を崩さず、レジスタンスにハッパをかけ続けたことが大きいが、ドイツの傀儡国となり果てたヴィシー政権の国家自体は敗戦国と変わりなかった。
こうして世界覇権はアメリカとソ連に移っていく。厳しい冷戦を勝ち抜いたのはアメリカで、そのとき経済大国になっていたのは、なんと日本とドイツというかつての敗戦国だった。
文明の中心と自負していた英仏のヨーロッパはなかったのである。こうためなんとかして栄光を取り戻すべく組織されたのがEC、そして現在のEUであった。欧州連合はそういう使命をもっていたはずだった。
かつて大英帝国はブリテン島の本国以外に、インド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、エジプト、その他を擁する大帝国だった。ゆるやかな連邦体制に移行しても、カナダ、オーストラリアの元首はイギリス女王のままである。そういう栄光の意湿気がEUに参加するときも逡巡した。大陸から海で遮断されていることもあり、欧州の一員という意識は薄い。それでも経済的に孤立は出来ないので参加はするが唯一通貨だけはユーロにせずポンドを維持した。そしてやはりEUにいることの窮屈さが今回の離脱問題となっている。移民問題は欧州全体の問題でありイギリスだけではないが、イギリスの離脱意識はもっと別で、プライドを守るため、とでもいえるかと思う。
イギリス議会のごたごたを見ると、おそらく合意なき離脱になろうと思う。

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