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2019年3月22日 (金)

第一次大戦の英国

第一次大戦という言い方は当時はなく、ただ世界大戦と言った。こんな大きな戦争は再び起こるとは考えられなかったからである。20年後にさらに上回る世界大戦が勃発してしまったため、第一次と第二次に区別することになったのだった。
第一次大戦の結果、ドイツ帝国、ロシア帝国、オスマントルコ帝国など旧帝国が崩壊した。ドイツはワイマール共和国にさせられ、莫大な賠償金を課せられ、ロシアは革命発生して社会主義国となり、オスマントルコは全イスラム社会統治の地位を奪われ、トルコはやがてアタチュルクによって革命が起き、近代トルコに向かう。
日本はしぶしぶ日英同盟に義理立てして参戦し、おかげで戦勝国グループに入り、ドイツの持っていた南太平洋諸国の統治権を引き継ぐことになった。
こういう世界の覇権争いの激変があった大戦であったが、イギリスは世界中に植民地を持つ超大国の地位に影が差すことになる戦争でもあった。
膠着状態となった欧州戦線を打開するためにイギリスは同盟国の日本だけでなく、新興アメリカの参戦を強く望み、アメリカ議会ロビー活動に強いユダヤ人勢力を味方につけたいと思っていた。戦費も莫大なものとなり、ユダヤ人富豪から多額の借金をしていた。
そして、敵国トルコ帝国を崩壊させるために、オスマントルコ帝国内でアラブの独立を画策する。これがアラビアのロレンスの物語だ。
だが、イギリスはユダヤ人に対しても、パレスチナにユダヤ人国家の建国を認める、という宣言を出す。これがバルフォア宣言だ。こういう2枚舌だけでなく、実はフランスとの間で中東の分割支配をもくろんだ。これがサイクス・ピコ協定と呼ばれるもので、なんと3枚舌外交をやってのけたのである。これが現在の中東問題の背景になっている。
イギリスが戦費調達やアメリカ参戦という動きでユダヤ人から助力を得たのは事実だが、パレスチナに建国を保証するというのは、見返りというだけではなかったのではないか。
イギリスがよく使う手で、撤退するときでも、その地に厄災の元を置いていくという方法はよくやる。第二次大戦後もインドが独立するとき、イスラム系インド人(パキスタン人)を分離独立させ、インドに不安定要因を置いていくというやり方だ。
パレスチナは確かに旧約聖書時代からのユダヤ人の故郷ではある。ローマ帝国時代にユダヤは解体され故地を失って何世紀もたつ。すでにアラブ人が自分たちの住みかとして長い歴史を持っている土地だ。そこにユダヤ人国家を建設すればどうなるか、だ。
これも計算のうちだったのではないか?
さらに言えば、ユダヤ人ロスチャイルド家が大儲けしたのは、ワーテルローでナポレオンが負けた時、いち早く情報を得てフランス国債を売り逃げ、買っておいたイギリス国債の爆上げを独り占めした。結局イギリス人富裕層から合法的に金をふんだくったことになる。
その仕返しもあったかもしれない。
イギリス人ならやりそうなことだ。
第二次大戦でも一応戦勝国になったが、もはやかつての超大国の面影はなく、2度の世界大戦で疲弊したイギリスがあるだけで、アメリカからも大量の武器援助を受けており、だれが見てもアメリカの勝利であり、アメリカがイギリスに代わって世界一の超大国になった瞬間でもあった。
イギリスはアメリカに「これからは2国で世界を支配していこう」とお愛想を述べたが、アメリカからは「そんなことより早く金を返せ!」とすげなく袖にされた。
そのイギリスがEUから離脱しようともがいている。逡巡したうえでEUに参加したものの、独立国としての振る舞いが許されないだけでなく、移民が押し寄せ、EU全体が揺らいでいる。離脱もままならず、EUからいじめを受けているようにも見える。EUがイギリスの離脱を認めれば、我も我も続く国が出るのが分かっているからイギリスの翻意に必死だ。イギリスがこんなはずじゃなかった、やはりEUに残留しようか、と言い出す始末。
結局EUというのは経済の優等生ドイツの一人勝ちになっており、そのドイツも支那に肩入れしずぎて、大きく傾きつつある。朝鮮半島は運命が決まったが、EUはこれから大波乱が起きる。その動きを決定するかぎは支那だ。

 

 

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