寺よ、変われ
「寺よ、変われ」 高橋卓志 著
久しぶりに読み応えのある本を読んだ。現職の神宮寺住職である筆者は仏教再生のために奮闘するアイデアと行動力、そしてあふれる熱い思いを描く。
ここに描かれているのは、葬式仏教と揶揄される現状の仏教寺院への痛烈な批判となっている。檀家制度に安住し、世襲化した仏教寺院に未来は無いという危機感が彼にはある。生老病死という苦のなかの死にだけかかわり、しかも死に行く人とその家族の苦しみ悲しみ痛みに立ち会うこともなく、死者を送ることだけを生業としている。そこには仏教のなんたるか、ともに苦しみ、慰め、癒しを与える菩薩行のかけらもない。世俗にかかわるな、という僧としての孤高の存在を誤まって理解しているからだとも。そこだけは上座部仏教的だ。上座部仏教のタイでさえ、掟を破ってエイズ患者を救おうと献身的な活動を始めていると言うのにだ。
このままでは日本仏教は死滅を免れない。それなのに団塊という大きな人口の塊がこれから人生の終焉を迎えるとき葬式が増えて結構なことだとほくそえんでいるらしい。
葬式仏教がまったく社会的有用性がなく、人々、特に団塊世代からそっぽを向かれていることに気づいていないのか、気づかない振りをしているのか、まったく改革の意志が感じられないと言う。かくまで病根は深い。
私も日本仏教はあと20年で死滅すると言う評論を読んだ記憶がある。葬式仏教は宗教ではないのでそうなるかもしれない、と思ったものだ。
この「寺よ、変われ」と叫ぶ筆者の指摘する問題は、こうだ。
○団塊世代の葬式離れだ。お別れの会だけで 済ます。散骨や植樹葬などの新しい形態の葬儀が着実に増えていること。
○檀家が不満を我慢しなくなったこと。戒名料や布施が高すぎることとか、経理が不明朗だとか、住職の人間性にまで苦情を言うようになってきたこと。
○檀家制度と言うのが寺と家との関係であったのが、一方の家制度が個人主義の定着とともにすでに崩壊の速度を上げている。
○ブライダルビジネスが葬儀ビジネスに鞍替え中で、葬儀を取り仕切るのが葬儀社と言うのが普通になって、坊主の出番はお経を読むだけになっているし、呼ばれない葬儀が増えている。病院で死を迎える人が90%となり、そのまま葬儀業者のビジネスラインに乗せられている。僧はそのビジネスシーンのホンの一部にすぎない。
○世襲住職はすでに戒を破った破壊坊主であるはずだが、彼らが死者に戒名を与えるという矛盾に気づいていない。
仏教は本願寺宗門が信長に弾圧され解体されたあと、家康の宗教政策で檀家制度と言う民衆管理制度を与えられ、布教せずとも信者を割り当てられるということで、宗門としての力を失った。
しかし、その自覚は無いようだ。そして明治維新で廃仏毀釈と言う激震があったにもかかわらず、本質的な改革を怠った。このとき本来の仏教のあるべき姿に戻るべきだったのだ。
しかし、日本仏教は伝来からして政治的な動機で日本に入ったし、国家鎮護の仏教だった。鎌倉の新仏教で、仏教的思想が開いたが、比叡山、興福寺などは大荘園主でもあり、権力側であり、強訴を繰り返す僧兵は暴力団だった。武士の台頭とともにこれに延暦寺や興福寺側に対抗するため禅宗を保護したのである。だから武士は禅宗に親しんだ。商人は現是利益を是とする法華宗になじんだ。民衆を救うと言う菩薩行は念仏門徒だけだった。これは高野山真言宗にも影響を与え覚鑁ら根来宗を生んだ。
信長はこのひとつの権力体制として比叡山焼き討ち、本願寺打倒を狙ったのであり、家康はもっとも巧妙な懐柔策として,戦闘集団の本願寺を東西に分割し、檀家制度を制定し、キリシタン弾圧政策と一体で進め、寺社奉行に監督させることで、各藩の支配からもはずして直轄としたところに大きな特徴がある。
宗教自ら民衆のために立ち上がったことは少ないのである。これはキリスト教に比べ見劣りすることはなはだしい。
そして戦後憲法が変わり、個人主義が導入され、家制度が破壊されて核家族化が進行すると檀家制度も維持できないという危機感がまったくなかった。
これらのないないづくしの、停滞して旧態依然とした仏教が今音を立てて崩れようとしているのに、当事者たる僧が気づいていないのである。まるでゆで蛙だ。きづかないまま死に至る。
私も寺は存続できないと思う。もはや新しい仏教が興るしかない。僧に変革を期待するのはもはや無理と言うものだ。私も自分の葬儀は仏式ではやらない。仏教はその深い真理と心理学との親和性は大いに惹かれるところだが、寺や僧侶は不要だと思う。宗教の真理は組織を必要とするはずがない。布教の場面で組織化が起こるのは当然だが、布教しない教団と言うのは言語矛盾ではないか。


私も「寺よ、変われ」読んでみました。団塊の世代のすぐ後の世代としては、諸先輩のやり方も参考にさせてもらい、自分達の葬式のことを考えたいと思います。もっとも先に逝くのは自分かもしれないですけど。
投稿: 低山 | 2009年7月 6日 (月) 21時18分
低山さん、コメントありがとうございます。
中世の頃の宗教を見ても顕蜜2衆は王権と結びつき大荘園主の政治勢力でありました、鎌倉仏教は異端でありました。禅は新興勢力たる武家が、顕蜜体制に割り込む形で禅宗を保護したことから武士の仏教となりました。その他は異端です。江戸幕府が寺社管理制度により民衆管理のために檀家制度をしいたために現在に至りました。どこに仏教の深遠さ、宗教の偉大さ、救いの原理がありますか?
投稿: kieros2005 | 2009年7月 7日 (火) 07時35分