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2008年7月12日 (土)

岸洋子の「酔いしれて」論

岸洋子の「酔いしれて」論

昔、歌手の岸洋子のレコードを買った。「酔いしれて」と言うタイトルだった。
岸洋子は「夜明けの歌」や「希望」などで知られるようになる以前からシャンソン歌手としては実力派だった。
 その「酔いしれて」と言うアルバムは彼女のシャンソンの実力を見せ付けた秀作だった。

「恋に苦しみ、恋に泣いて、恋に狂った私なのに、、、」と切々と恋の切なさを歌うもので、感動させる曲だった。
彼女は膠原病という不治の病に犯されており、闘病生活と歌手生活が共存する人生だったが、ついに40代後半で亡くなった。

闘病中で長くステージから遠ざかったいた彼女がラジオで歌った。名曲の「酔いしれて」を歌ったのであるが、レコードのものとはあまりに違うので驚いたことがある。
レコードのものは若いときでもあっただろうが、激しく切なく恋を唄ったのに、ラジオでは、どうも枯れて覇気のない感じがしたものだ。彼女の病気のせいで元気がないためだろうと思っていたが、最近になって別の感慨を持つようになった。

シャンソンとかカンツォーネとは言うものの、そもそもイタリア語読みかフランス語読みか、だけの違いだが、どちらかと言えば、熱い恋心を官能的に唄うのがカンツォーネの得意とすれば、シャンソンは灰色の空に枯葉が舞い、セーヌ川のほとりに老人が一人佇んで、遠い昔を懐かしむ、、、という情景が似合うジャンルである、、、様な気がする。
 
岸洋子が若いときにレコードにした「酔いしれて」はカンツォーネで、病が進んだあとのラジオ放送のときはシャンソンとして歌ったのではあるまいか、と思うようになった。

そうね、あんなときもあったわ、という気持ちがあったのではなかったか。遠くを見つめる眼差しで唄ったとすれば,それはそれなりに味わいのあるものである。

自分もそういうことがわかる歳になったと言うことか。

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コメント

久々に越路吹雪や金子由香利を思い出しました。
日本の演歌の心があると言われるシャンソンは、いつ聞いてもいいですね~。
そういえば今日はパリ祭です。今年こそはと思っていた東京での公演に行く機会を逃してしまいました
以前イタリアのレストランで本場のカンツォーネを聞きました。歌詞は分からなくても情熱的、官能的に歌い上げてて涙が出そうな位感動しました。

歌詞でせつせつと伝えるシャンソンは日本語で歌ってくれるのが一番伝わりますね。胸がいっぱいになるような若い頃の感性を戻す為にもシャンソン、カンツォーネには惹かれますね~
      宇都宮     ヨーコ

「酔いしれて」で辿り着きました。
やはり故人となられてしまった羽田健太郎さんと日曜日のFM番組に出演時、テープも残っています。
(「カスバの女」「山形弁ラストダンス」と共に)
労音で聴いて以来、圧倒的な歌唱力、ファンになりました。
ラストコンサートのCDはあまりかけません。
不世出の人でした。
秋元順子さんも、この曲を歌っていらっしゃるので、いずれアルバム制作が開始されれば…。
ではまた。

追伸:秋元順子さんの「酔いしれて」はDVDだけかと思っていましたが既にファーストCDアルバムが有り、それに収録されている様です。

ようこそ、おいでくださいました。
岸洋子は確か山形の酒田の出身でしたよね。

秋元順子もこの曲を歌っているのですか?知りませんでした。アルバムを出すならぜひ入れてほしいものです。

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