正社員という生き方
もう昔になってしまったが、1996年ごろに書いてあったメモを見つけたので、ここに掲示します。
96/12/18
清原と落合について
今年のプロ野球のシーズン後の最大の話題は清原と落合の去就であろう。
俺は野球のことはほとんどわからないが、正社員研究のテーマとしては絶好のものであることからすこし意見を述べる。
清原は日本を代表するバッターで、PL学園からドラフト制によって西武に入団するときも実は巨人へ入りたかったのだ。巨人はPL学園同僚の桑田投手を指名した。清原は憧れの巨人を泣く泣くあきらめねばならなかったのである。
しかし彼はバッティングの才能を発揮し、ホームランバッターとして数度の西武の優勝に貢献した。そして10年、自分で球団を選べるフリーエージェント、いわゆるFA資格が出る。すかさず、彼は西武を辞め、FA宣言した。当然巨人入りの交渉に入るのである。
ところが巨人にはもう一人の日本を代表するバッター落合がいる。しかも落合は清原にとって師匠格である。若い清原が巨人入りすれば、年齢的に現役の限界に近い落合はお払い箱にならざるをえない。落合を欲しいという球団は多く、野村監督のヤクルトや上田監督の日本ハムが名乗りを上げた。清原には吉田監督の阪神と、もちろん長嶋巨人が名乗りを上げた。
この二人の天才バッターの去就はプロ野球ファンならずとも、大きな関心を集めたのである。
結果は落合が巨人を退団し、日本ハムへ行くことになった。彼は「長嶋監督の悩む顔を見たくない、野球がやれればいいのだ。清原には負けない」といって去っていき、話題をさらった。
一方清原は、落合を押し出しで退団させることに悩んだようだが、結局は憧れの長嶋巨人に入り、そして西武は袖にされた。
清原の巨人入りをさわやかな行為と見ない人々も多く、フられた西武に同情が集まったような気配がある。
さて、俺の立場からの意見はこうだ。清原はFA宣言したとき、西武という組織に帰属することから脱し、プロとして技術を売る立場へと飛翔したものと思った。しかし熱望していた巨人入りを表明してから俺の見方は変わった。彼は隠忍自重、苦節10年を巨人入りのために努力してきたのかと思うと、打撃技術を売るためではなくて、憧れの正社員になるためであったことがわかり、少し興ざめしたのである。引き換え落合は、球団の態度に腹を立てながらも、去っていった。「野球がやれればいいさ、清原には負けない」。
なんてプロらしい言葉だ。これ以上のプロがいるか?
ここで、少しスーパースター長嶋について考えてみたい。
長嶋は現役引退のときに「我が巨人軍は永久に不滅です」なっていって皆を泣かせて、ミスタージャイアンツの名に恥じない言葉を残した。
後に彼はドン川上のために不本意なまま監督を解任されたが、その後10年も浪人として過ごし、そして巨人軍へ再度監督として帰ってきた。その間、他球団から監督として招聘されたことも何度もあったが、頑なに拒み続け、苦節十(?)年で巨人軍に戻ったのである。
世間は常にこの男に好意的であり、「やっぱり巨人は長島じゃなくっちゃ」という評価で、確かにプロ野球人気を支えている。この男を巨人軍に迎えた球団首脳陣は苦々しい思いもあっただろうが、サッカーがプロ化することで、プロ野球人気がサッカーに奪われることを恐れ、その危機感から長島を担ぎ出したのだ。
まあ事情はそういうことであるが、問題は長島という男が、プロ野球の顔ともいうべきこの男が、彼の意識のもとでは実は巨人軍という組織の正社員であるというパラドックスである。私に言わせれば正社員は決してプロフェッショナルではない。
だから、監督を解任されても、またまた苦節10年あらゆる他球団の招聘を断りつづけ、再度巨人に監督として戻るところは、このひとのミスタージャイアンツとしての振る舞いを完全に心得ているところに感心する。彼がプロなら、他球団で活躍できたし、すべきであった。ところが彼は巨人の正社員中の正社員であることを自ら自覚していた。長嶋は巨人軍でなければならないのである。これを自覚していたとすれば長嶋という男は案外あれで策士なのかもしれない。
長嶋を記録的にははるかにしのぐ王選手でもミスタージャイアンツとは呼ばれなかった。しかし彼は現在他球団で監督をしているから明らかにプロである。
話は清原に戻るが、清原がFA(フリーエージェント制)資格を得てFA宣言したのは、つまり西武を出たいということだ。これを聞いて一瞬、一見プロ意識からの発想かと思ったが、しかし彼がプロ根性からそういう道を選んだのか、というとこれまた疑問である。
かつて巨人入団を切望していた彼はドラフト制という不条理のもとでやむなく西武入りし、これも苦節10年でやっとFA資格を得たが、彼が巨人入団で念願の思いを果たそうとしていることは明らかだ。だから彼をしてもプロ精神ではなくて巨人軍参加情熱であるから組織帰属願望であり、正社員マインドだ。
その長嶋に憧れて野球少年は巨人入りを目指す。その意味で清原の行動を非難するいわれは全く無いのだが、しかし俺は断ずる、彼はプロではない、正社員だ。「我が野球は永久に不滅です」ではなく「我が巨人軍は、、」と言ったのである。
チームプレーのスポーツでは技術を売りながらしかし組織帰属が価値を持ってしまうようだ。バレーボール、駅伝、マラソン、ラグビーは実業団ではじめから企業お抱えで正社員であって、プロで営業しているわけではない。
サッカーがプロスポーツになって野球と客を奪い合っているが、こちらはまだチームにブランド力が無いので、それほど縛られずに異動している。
単独スポーツでは、ゴルフ、テニス、組織が無いからはじめからプロしかいない。
日本のプロ野球にスカウトされた外国人選手が異様に感じるのはこの点だろう。彼らはプロ精神しかないから、日本人選手の「契約金より巨人入り」という態度は理解できないはずだ。
清原の才能は巨人にとっておおいなる戦力となろう。そして数年はトップ選手としてちやほやされるに違いない。しかし彼はミスタージャイアンツにはなれないだろう。そしてやがて落合と同じく運命に出会うだろう。そのとき、プロとして開眼するだろうか?しかしそのときはすでに遅いかも。
桑田でなく、清原が最初から巨人に入っていれば、彼は間違いなくミスタージャイアンツ2世であっただろう。
落合はこういった、「日本ではプロは生きにくい社会ですから、、、、」。
(1997.6.22追加)
しかし97年ペナントレースが始まると、清原は大活躍どころか、超不振であり、4番の座を明け渡してしまうことになる。新聞もこうなると、清原叩きの大合唱だ。
おそらくチーム内でも浮き上がった存在であろうことは想像に難くない。「あいつめ、破格の契約金で移籍して4番打者だと!ふざけるなってんだ」という冷たい視線にさらされているに違いないのだ。
こうなるとひねくれものの俺は逆に清原の不振に同情する。所詮正社員のくせにプロを気取って行動を起こすからだ、という穿った見方や、それが俺自身のスランプに重なって見え、清原が立ち直ってくれれば、俺も立ち直るかもしれないなどと理不尽な期待も浮かんでくる。
豪速球で鳴らした伊良部は執拗に邪魔をした日本球界を捨ててアメリカへ渡った。「日本は嫌いだ」だってさ。わかるなあ、その気持ち。
現在では清原も長嶋も桑田も、みーんな引退してしまった。あ、俺らもね。






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